fujimoon’s blog

can you marry me?

ではここで私の人生の岐路

転換点?代表格?核?となったものについて

書きたい

 

幼稚園の時に体操

小学校で水泳

ちょっとだけ陸上も

 

小学校にクラブはなかったので

中学校で始めて部活などというものに出会う

 

一発目に見た剣道

知っている先輩もいたから

優しかったから

かっこよかったから

 

その笑顔と強さの裏にある

死ぬほどきつくて、痛い稽古

その側面を見ることなく

入部を決断した自分がいた

 

防具は全部買った

10万それに試合胴のお金竹刀のお金

修理費

たくさんのお金がかかる

親にごめんね

でもやりたいと伝える

もう少しよく考えてみたら?

何度も言われたけど

親は私が言い出したら絶対折れない頑固者だと

知っていた

 

やりたいことをしな

 

いつもそうやって全部やらせてくれた

 

剣道なんてそんな競技知らなかった

中学で出会うまで

 

初めての経験がたくさんあった

覚えるのが楽しかった

 

先輩は3人しかいなくて

団体戦は5人制

なのに先輩だけで東海大会に行った

3人が絶対勝たないといけないのに。

 

そんな先輩とできる尊さを知るのは

もっと後のこと。

 

先輩の親はコーチだった

怖くて怖くて

何度声出しさせられた?

何度泣かされた?

嫌な思い出しかない気がする

錬成会(練習試合を一日中やる)で

たすきを忘れた我らにコーチから雷

公式戦で負けて

学校に帰って練習

土曜日の稽古でコーチが来ると

終わりが見えなくて

面も取れない

休んだら試合出れない

一回だけ追い込みで男の先輩に

ぶっ飛ばされたこともあった

素振りですらいつまでも終わらない

太鼓の音もコーチの声も

怖かった

 

中学校の頃は本当に辛くて辛くて

毎日辞めたいと思ってた

 

そんなにやったからには

結果はついて来たんでしょう?

 

誰しもが思う

私だって思ったさ

 

こんなにやってるんだから勝てる

先輩に続いて勝ち続けられると

ずっと思ってた

 

現実って本当にひどい

 

もちろん勝てたさ

 

学校の稽古以外にも

練習試合とか金曜日にいろんな先生が集まる

稽古に参加したりとかしてたんだから

 

なのに

大事な時

ここぞという時に勝てない

私たちの代は本当にそこで勝てなかった

 

わたしには剣道のセンスがあると思ってた

手を伸ばせば面に届いて

得意技の面出してコテは絶対一本だと

そう思ってた

自惚れって怖い

 

あと一回

一回勝てば個人で県大会行けたんだよ

いつもなら勝てる相手

私ともう1人(コーチの娘)に

個人は託されてた

 

なのにその子よりずっと私の方が努力して

きついことしてきたはずなのに

負けたんだよ

 

得意技をことごとく潰されて

それで負けたの

 

悔しくて悔しくて

だけど絶対泣きたくないと思った

それなのに

泣いてしまった

初めての悔し涙

 

コーチの娘はもちろん優勝を飾る。

 

団体戦なんて覚えてない

覚えてるけど思い出したくない

それだって

勝てる相手に負けた

私は先鋒の役目を果たせなかった

 

最後のコーチの言葉

先輩が抜けてそれでもみんな頑張った

 

“お前らならやれる、県大会に行けると思った”

 

あーあ終わっちゃった

辛くてきつくて毎日やめたいと思ってた剣道が

こんなに悔しい形で終わるんだーって

 

高洲の剣道部は強い

それを私たちの代も言いたかったなあ

 

中学校時代1番嬉しかったのは

コーチによくやったって

頭ぽんぽんされたことかなあ、

あの時は本当に泣くかと思った

 

あ、あとコーチとの自稽古で

得意技が決まった時!

 

ほんっとうに嬉しかった

 

という苦しすぎた中学時代でした

 

〜To be continued 〜